黄昏デザイン研究所

易占

最終更新日2022年6月2日


1.不思議な易の本。

 1974年刊行の、易学をテーマにした長編小説『山風蠱(さんぷうこ)』青砥一二郎(あおと いちじろう)著についてです。ウィキペディア(Wikipedia)には光石介太郎(みついし かいたろう、1910年[1]6月9日 - 1984年2月20日)は、日本の小説家、推理作家。福岡県生まれ。と掲載されています。


 山風蠱とは、占いの聖書ともいえる易経の解説では巽下(風)、艮上(山)、皿の上にうごめく虫。という意味です。蠱惑の蠱ぐらいしか思いつかない漢字で、元々の腐るという意味から怪しい魅力というような使われ方をしています。ここから占術者は様々な想像をめぐらし占うのです。


 珍しいタイトルから気を惹かれて手にしたのです。内容は、作家本人の占いに関する解説と自分の夫婦生活が崩壊してゆく様を私小説(作家本人の生活ドキュメンタリー)風に綴ってありますが、もし真実であるとすれば、妻にとってはとんでもなく過酷な事実の開示となり、現在では到底許されるものではありません。


 易占いについては、作家の占いが正しく当たっていく様をかなり専門的に説明してあります。易については、専門的すぎて、私小説としては、どうにも救いの無い内容で古今の名作としては残らなかったようです。


 作者は多趣味な人であったようで、推理作家から純文学に転向したところから察っするに、論理的な推理が得意であったように思います。易者としても一流であったのではと想像できます。


 易は、身の回りの森羅万象の変化を捉えて、帰納的に推論することから成り立っています。その手掛かりとなる天からの声となるのが、数千年来の人為の蓄積を整理した易経なのです。そこへのアクセスがオカルト的な占筮(せんぜい)となるため、自由さと怪しさがないまぜになった扱いとされているのでしょう。


 この小説にも名前は出しませんが、「黄 小娥(こう しょうが)、昭和37年に『易入門』(光文社・カッパブックス)」を高く評価した下りが出てきます、私はただのベストセラーと思いそれほど気を留めませんでしたが、今では、若い読者にはほとんどわからないと思いますので書いておきます。


 易占いは、シャーロック・ホームズの事件解決法と似たところがあります。最後に人智ではどうにもならなくなった場合に聖書である易経に頼るのです。この小説の場合、妻と愛人と経済的問題による桎梏であり、作家本人が運命を左右する力を大きく持つところから、自分で占った結果により、他人の運命を大きく左右することが可能となります。これでは当たる確率が増すのは当然のように思います。


 易占の結果は、自分の行為が今後の他者をも含めた運命にどのように関わるかを示すのですから、どのような無力な人であっても、必ず何等かの力があるはずです。それをどう使うかに易の妙味があると思います。


 有名な井伏鱒二(いぶせますじ)著の「吉凶うらなひ」のように、筆巧者の闊達な小説とは異なる生々しい易占の実態が窺えるのは興味深いことです。


 しかし、この小説『山風蠱(さんぷうこ)』は、最後にどうなったのでしょうか、逃げた妻はどうなったのでしょう、作者は愛人と結局結婚して天寿を全うしたのでしょうか。易占は本当に役立ったのでしょうか。知っている人がいれば教えてください。