2022年6月2日 |
言うまでもない太宰治の名作のタイトルです。青空文庫にありますので眺めていただければよろしいのですが、この黄金風景という言葉に惹かれます。 これについては二つの日本映画を連想します。黒澤明の白痴と溝口健二の雨月物語です。白痴では、主人公の三船敏郎の母が仏壇のお供えを友人の森雅之に呉れるシーン、雨月物語は、はるばる帰ってきた森雅之が、妻の田中絹代を亡霊となったことも知らずに再開を喜ぶシーンです。どちらも先に大きな悲しみが待っているだけにその美しさが一層印象に残ります。 これに対して太宰の場合は破滅するのはそれを見ている作者です。こちらの方が少し尊い心持なのかなと思います。 蛇足となりますがどちらの映画も音楽は、早坂文雄です。今となっては画面と音楽が一致した古風な方式を用いていて、日本浪漫派風な響きがたまらなく懐かしいのです。音楽なしでは映画の魅力は半減したでしょう。 戦艦ポチョムキンとショスタコーヴィチの組み合わせは共に当時世界最高の作者だったのですが、この極東の敗戦国家の映画の方がより高い境地を開いたことを寿いで、早坂さんを黄昏認定することにいたします。 黄金風景に刺激されて連想するのは、黄金の言葉です、小泉八雲が英国の公園で聞いた夕方に家に帰っていく少女の「おやすみ」という言葉がそれです。喜びと痛みの混じりあったまことのことばです。人間誰でも一度や二度は、そのような声を聞いてるはずです。思い出してください。きっと良いことが訪れます。 One summer evening twenty-five yers ago, in a Londonpark, I herd a girl say "Good-night" to somebody passing by. Nothing but those towlittel words - "Good-night." Who she was I do not know: I never evensaw her face; and I never heard that voice again. But still, after thepassing of one hundred seasons, the memory of her "Good-night" bring adouble thrill incomprehensible of pleasure and pain, -pain and pleasure,donbtless, not of me, not of my own existence, but of pre-existencesand dead suns 「門付け」より。「心」に収録されています。岩波文庫に翻訳があります。 東京都新宿区大久保1-7に小泉八雲記念公園があります。晩年の住居跡とのことですが、夜間は閉園いたします。 また映画の話になりますが、小津安二郎の麦秋で鰥夫の二本柳寛が、小さな娘に向かって「おんもでちゃだめだよ」という何でもないシーンがあります。これを聞いただけで、観客はこの人こそ原節子が結婚すべき人だ、この人なら安心だと確信します。演技とはいえどうしてこのような発声ができたのか不思議でなりません。婚活中の女性にお勧めです。このような男と結婚しましょう。 |
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